仙台地方裁判所 昭和60年(ワ)1045号 判決
原告
森文夫
原告
榊梅子
原告
加藤仁
原告
斉恵子
原告
上西聡
右原告ら訴訟代理人弁護士
久保田康史
被告
仙台ブロック・トラック運送事業厚生年金基金
右代表者理事長
菊地啓次
右訴訟代理人弁護士
三島卓郎
主文
原告らの訴えをいずれも却下する。
訴訟費用は原告らの連帯負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 原告らは被告に対し、退職時における俸給及び管理職手当の合算月額に別表(1)にかかげる該当支給率を乗じて得た額の退職金請求権を有するという労働契約上の地位にあることを確認する。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二1 本案前の申立て
主文と同旨
2 請求の趣旨に対する答弁
(一) 原告らの請求をいずれも棄却する。
(二) 訴訟費用は原告らの連帯負担とする。
第二当事者の主張
一 請求の原因
1 当事者
(一) 被告は、青森県、岩手県、宮城県、福島県に事業所を有するトラック運送業者である東北トラック協会連合会が、厚生年金保険法に基づいて、昭和四九年に設立の認可を受けた厚生年金基金である。
(二) 原告らは、いずれも、昭和六〇年三月三一日以前に被告と労働契約を締結して、被告に使用される労働者である。
2 原告らの有する退職金受給権
被告は、その設立と同時に職員就業規則を作成し、同規則三四条は「職員の給与及び退職手当金については別に定める職員給与規程及び職員退職手当支給規程による。」と定めている。そして、同時に職員退職手当支給規定を作成し、同規程三条には、「退職金の額は、その者の退職時における俸給及び管理職手当の合算月額に別表(1)にかかげる該当支給率を乗じて得た額とする。」と定められていた(以下この定めを「旧規定」という。)。
3 被告の一方的な退職手当支給規程の不利益変更
(一) 被告は、一方的に、昭和六〇年二月一八日に開催した理事会で、旧規定を、「退職金の額は、その者の退職時における俸給及び管理職手当の合算月額に別表(2)にかかげる該当支給率を乗じて得た額とする。」旨変更し(以下変更後の定めを「新規定」という。)、同年四月一日から実施する旨を原告らに通知した。
(二) 右変更は、退職金の支給率を大幅に減少するもので、原告らに甚大な不利益を与えるものである。
4 新規定の無効性
退職金は賃金の支払としての性格を有する重要な労働条件の一部であるから、使用者が労働者の同意なしに就業規則等の改訂により退職金の支給の条件を労働者に不利益に変更することは許されないと解すべきところ、右3で述べたとおり、本件新規定は旧規定に比べ著しく労働者に不利益な内容になっているから、新規定への一方的な変更は許されず、新規定は無効というべきである。
5 確認の利益
(一) 本件退職金債権の権利性
被告における退職金制度の下では、退職金の額は当該労働者の退職時における俸給及び管理職手当の合算月額に、所定の支給率を乗じて得た額とされているのであるから、右制度の下では労働者自身の都合によるか、被告側の都合によるかで支給率の区別はなく、また、支給額は一義的に決定され、その額決定に際しての被告の裁量は全く排除されている。従って、被告における退職金は「労働の対償」として、労働基準法上の賃金に該当するものであり、また、右退職金債権の発生時期や履行期について如何ように解するとしても、労働者は、未だ退職に至らない在職中の時点でも、退職金につき一定の法的保護に値する私権を有している。
(二) 就業規則変更による紛争の発生
前述のとおり、原告が一方的に就業規則を原告らに不利益に変更したことにより、原告らと被告との間では、原告らの有する退職金債権の金額について紛争が生じ、原告らの被告に対する関係で原告らの法律上の地位に不安定が生じている。
(三) 確認判決の有用性
退職金の額は重要な労働条件の一部であり、その額如何が他の労働条件に対する原告らの態度決定に影響するから、早期に確定する必要があり、かつ確認判決によって右(二)の紛争は解決する。
よって、原告らは請求の趣旨記載の判決を求める。
二 被告の本案前の申立ての理由
1 原告らのいう「請求権を有する地位の確認」を求めるというのは、結局のところ「債権の確認」を求めることに過ぎない。
我が民事訴訟法は、将来履行期の到来する債権については二二六条の要件の下にのみ訴えを認めている――即ち、同条の要件を満足する場合に給付訴訟として提起することのみを認めている――のであるから、確認を求めるに過ぎない本件訴えは不適法として却下されるべきである。
2 原告らはいずれも現在被告に使用されているのであるから、仮に原告らに本訴において確認を求めている退職金請求権なるものが存在するとしても、未だその弁済期は到来しておらず、弁済期到来の時期も、その具体的金額も全く不確定である。
ところで、将来履行期の到来する債権について現時点でその確認を求める訴えを提起することが許される場合があるとしても、それは民事訴訟法二二六条の趣旨に照らし、かかる訴えを提起する必要性がある場合に限られるべきところ、現在の時点において本件の場合右必要性は存在しない。
すなわち、被告の職員の退職金は、(1)退職時における退職金支給額算定に関する規定の内容と(2)その時点における当該従業員の退職金算定の基礎たる給与科目の金額とによって決定されるものであるから、たとえ右(1)の規定が、ある時点において、一義的に退職金を算出し得るように規定されていても、将来、特定の従業員が退職するまでの間に当該規定が変更されたり、当該従業員の給与が変更される蓋然性が高く、場合によっては、給与体系や定年制等が変更され、それに伴って当該規定が大幅に改正されることもあり得る。従って、右規定の変更の是非を中間的な時点で確認することは何らの利益もない。
三 本案前の申立ての理由に対する反論
1 直ちに給付の訴えを起こし得るのにそれに代えて請求権確認の訴えを起こすことが許されるか否かについては争いがあるものの、本件は給付訴訟が起こせる場合でないから、給付訴訟との関係で本件訴えを不適法とする被告の主張は誤りである。
2 弁済期が到来せず、また弁済期到来の時期が不確定であることは確認の訴えを阻む理由とはなり得ない。
また、労使間の紛争の対象たる規定等の将来の変更の可能性があることも確認の利益を否定する理由とはならない。確認判決が現在の法的紛争状態を終結せしめることは明らかである。
仮に現時点において確認の利益が認められないとすれば、原告らは二〇年後、或いは三〇年後に本件退職金規定変更の効力を争わざるを得ないことになるし、また、再度右規定が変更されたり、給与体系が変更されたりすれば、それらをも含めて一挙に争わざるを得ないことになる。しかし、それは事実上極めて困難である。従って、現時点で確認の利益を認め、右規定の効力をめぐる問題を一挙に解決することが必要である。
四 請求原因に対する認否
1 請求原因1および2の事実は認める。
2 同3のうち(一)の事実は認めるが、(二)の主張は争う。
新規定は、退職金が減額される結果とならないように、附則の2において「昭和六〇年三月三一日において、現に旧規定による受給権を有する者には、その者が、昭和六〇年三月三一日現在における旧規定による額に達するまではその額を支給する」旨定めている。
3 同4の主張は争う。
理由
一 本件訴えの適法性について
1 原告らが本件各訴えにおいてそれぞれ確認を求めている権利関係は、結局のところ、旧規定がなお有効であるとすれば、これによる原告らの将来の各退職時に被告から原告らに対し支給されるはずの退職金についての権利関係であるところ、原告らの被告に対する退職金債権はその履行期が将来の原告らの各退職時であるのみならず、その額及び支給方法等具体的債権の内容は、原告ら各人の退職時における就業規則及び退職手当支給規定の定めるところにより退職時に具体的に確定するものであって、現在の段階においては、未だ確定していないのであるから確認判決の対象とすべき法的紛争としては未成熟といわねばならない。
2 のみならず、仮に本訴において本案判決がなされたとしても、将来原告らの各退職時までに更に被告により退職金支給規定等が変更される可能性もあり、そうした場合は、再び本訴のような紛争が生じる可能性を否定できず、従って、本件各訴えは、決して原告らの主張するような原告らの被告に対する退職金債権に関する法的紛争を有効かつ抜本的に解決し得るというものでもない。
3 更に、原告らは、退職後に新規定の効力を争うのは困難であるとも主張するが、本訴における新規定の効力についての原告らの主張内容からは必ずしもそのようには認められない。
4 従って、本件各訴えは、確認訴訟の対象適格の点からも、また確認の必要性の点からも、不適法といわざるを得ない。
二 以上述べたとおり、本件各訴えは、その余の点について判断するまでもなく、いずれも不適法であるから、これを却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項但書を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 磯部喬 裁判官 遠藤きみ 裁判官 古部山龍弥)
別表(1)
〈省略〉
別表(2)
〈省略〉